この記事について
ここに翻訳する記事は、ヒルデ・デ・ウィールト(Hilde De Weerdt)ライデン大学教授のインタビューです。原著記事は、OpenMethods: Highlighting Digital Humanities Methods and Toolsに掲載されたブログ記事「OpenMethods Spotlights #1: Interview with Hilde De Weerdt about MARKUS」(2020/10/13付)です。OpenMethodsとは、ヨーロッパにおけるDHインフラプロジェクトDARIARH(Digital Research Infrastructure for the Arts and Humanities)が中心となって、DHの方法やツールに関する情報をキュレーションし公開するウェブプラットフォームです。
翻訳した記事は、OpenMethodsによるDH研究者へのインタビュー記事シリーズ“OpenMethodsスポットライト”の第1号です。記事では、ヒルデ・デ・ウィールト教授に、東アジア資料のマークアッププラットフォーム「MARKUS」の開発経緯やその強み、東アジアDH研究における意義等についてインタビューしています。世界のDH研究、それも特に東アジアDH研究を「つなぐ」このカテゴリの記事としてふさわしいと考え、許諾を得て翻訳公開しました。 なお、教授は、2018年2月に開催された関西大学アジア・オープン・リサーチセンター(KU-ORCAS)のキックオフシンポジウムにもご登壇いただき、MARKUSについてご紹介いただいたことがあります。
また、OpenMethodsには、このインタビュー記事のほか、MARKUSの使い方動画の紹介記事もありますので、あわせてご覧ください。
インタビュイーの紹介
ヒルデ・デ・ウィールト(Hilde De Weerdt)氏(ORCID 0000-0002-9670-674X )は、ライデン大学で中国史の教授を務める。KUルーヴェン大学(BA)とハーバード大学(Ph.D.)で中国語および中国史を学ぶ。テネシー大学ノックスビル校、オックスフォード大学、キングス・カレッジ・ロンドンで歴史学を教えた後、2013年にライデン大学の中国史教授に就任。現在は、中国の政治的助言文学の長期的な(longue-durée)グローバルヒストリー研究に取り組んでいる。中国中世の政治文化と知性史に関する3冊の本を出版している。(Competition over Content: Negotiating Standards for the Civil Service Examinations in Imperial China (1127-1276), 2007; Information, Territory, and Networks: The Crisis and Maintenance of Empire in Song China, 2015; Knowledge and Text Production in an Age of Print-China, 900-1400, ed., 2011). 近著にThe Essentials of Governance(Cambridge University Press, 2020)と題した編訳書や、ヨーロッパと中国の政治文化の比較史Political Communication in Chinese and European History, 1000-1600, ed. (Amsterdam University Press, 2020)などがある。また、東アジア言語のためのデジタル研究手法の設計と開発にも積極的な関心を持っている。ブレント・ホーとはMARKUSを、ミース・ゲレインとはCOMPARATIVUSを共同でデザインした。これらのデジタルリサーチプロジェクトの歴史と背後にあるコンセプトについては、“Creating, Linking, and Analyzing Chinese and Korean Datasets: Digital Text Annotation in MARKUS and COMPARATIVUS” (Journal of Chinese History 2020)を参照。
ヒルデさん、参加してくれてありがとうございます。まずは、MARKUSがどのような課題に対応するもので、また、なぜMARKUSを作ろうとしたのかをお聞きしたいと思います。
ブレント・ホー(Brent Ho)と私が最初にMARKUSを考えたとき、私たちは中国語のテキストに情報をデジタルアノテーションし、アノテーションされたデータを抽出し、外部データベースとリンクさせ、そして結果として得られたデータセットをさらに分析するための直感的な方法を作ることを目指していました。私は、TEIスキーマに基づいたノートのデジタルテキストにアノテーションを付与することで、コミュニケーションネットワークを分析する方法を考案していましたが、これを進めるには、異なるソフトウェアパッケージでの複数のステップを必要としました。中国語のテキストについては、豊富なテキストのある、伝記や地理情報データベース、そしてオンライン辞書がすでに存在していたため、空間ネットワーク分析のための別の可視化プラットフォーム(私の当初の計画でした)に取り組むよりも、アノテーションプロセスを一般化し、既存の可視化プラットフォームにリンクさせ、結果として得られたデータをさらに分析するための標準ファイル形式へのエクスポートを提供する方が理にかなっていると考えました。デフォルトのエンティティとカスタマイズされたエンティティの自動あるいは手動アノテーションが当初の目標でしたが、これを開始して間もなく、私たちとそしてその他の研究者が求めているものがもっとあるということがわかりました。
他のマークアップツールと比較して、このツールが特別なのはどういった点でしょうか?
2013年にMARKUSを最初に考えたとき、他にはあまり選択肢がなく、中国のデジタルリソースを活用できるように設計されたものはありませんでした。今では、PelagiosやRecogitoのようなヨーロッパ言語向けに設計されてはいるものの一般的に利用できるものや、最近では台湾や中国でMARKUSのアイデアに基づいたものも出てきています。しかし、MARKUSは台湾や中国から後発で出てきたプロジェクトとはまだ幾分異なるものだと考えています。それには2つの理由があって、ひとつは研究者主導のプロジェクトであることと、もうひとつが当初から異なる強みを持つプロジェクトと結びつけようとしてきたことです。1点目については、私たちや私たちに連絡をくださる方が欲しいと思う機能(当初の資金を使い切った2017年以降はかなり遅くなってしまっていますが)を継続的に開発しており、また、人文系研究者の研究活動の流れに合わせた形で開発するようにしています。例えば、最近、リレーショナルマークアップ、韓国語版、テキスト比較、テキストオーバーラップマークアップ機能をそれぞれ追加したのは、私やここライデン大学の学生が研究プロジェクトのために望んでいたからです。2つ目の点については、テキストを提供していない、データベースを持っていない、グループアノテーションやバージョン管理がまだ実装されていないなど、他のプロジェクトに見合うものとは言い難い点があります。これらのことの中には、以前からリストに挙げていたものもありますが(他のプロジェクトがすでにやっているのでテキストの提供機能は除きますが)、車輪を再発明するのではなく、自分たちが便利だと思うことをやっているプロジェクトと連携したり、他のプロジェクトに欠けている機能を追加したりすることを意識的に選択しています。
MARKUSを最大限に活用するためには、特定のDHの経験が必要ですか?
たぶん「はい」と、とりあえず答えるべきでしょう。私たちはMARKUSをできるだけ直感的に使えるようにしていますが、ワークショップを行う中で、マークアップとは何かということについて基本を理解してから飛び込むことが非常に重要だということを学びました。このためにDHの経験は必ずしも必要ではありませんが、自分の研究上の問いに合った研究プロセスを設計するためには、様々な手法の長所と短所を検討する時間が必要です。また、方法論や、方法論の根拠となる理論的な前提を学ぶことは、データやそのデータの元となるテキストの解釈にも役立ちます。
MARKUSの最大の強みは何でしょうか?また、その中でさらに改善できるだろうという点はどのようなことでしょうか?
難しい質問ですね。最大の強みは、一つのこと(利用可能な最高の学術資源を使ったデジタルテキストのアノテーション)に焦点を当てながらも、その枠組みの中で幅広い選択肢(例えば、様々なアノテーション方法や参照文献へのリンクなど)を提供していることだと思います。
弱点や改善の余地はたくさんあります。機械学習、サーバーベースのアノテーション、スタンドアロン版、複数のテキストレベルでのメタデータのより良い統合、テキスト比較オプションの追加、より多くの言語とより多くのリソースやプラットフォームなどへのリンク。挙げればキリがありません。まだまだやるべきことがあると思うと安心しますが、時間が限られているのがもどかしいです。奇妙なことに、これは欧州研究会議が資金を提供している大規模な共同研究プロジェクトのなかの、ごく限定的なサイドプロジェクトとして目指されていたのですが、それが拡大し続けているということです…
アジア研究におけるDHの文脈の中で、MARKUSの役割と意義をどのように捉えていますか?
これも難しい質問ですね。これは他の人が答えるべき質問ではないでしょうか?2014年に開催されたアジア学会(AAS)で最初のバージョンを発表して以来、歴史学、文学、宗教学、法学、医学史、人類学、社会学、コミュニケーション学、図書館情報学、デジタルヒューマニティーズなど、さまざまな分野の研究者や学生からMARKUSが歓迎されていることに、私はとても驚いています。全体としては、このようなプロジェクトの寿命は限られていると思います。アジア言語のデジタル研究サービスの開発が進んでいるので、いつかは取って代わられるのではないかと予想していますし、また期待もしています。私は、このプロジェクトには、一つの大きな意味があると考えています。それは、研究者が望む研究サービスの開発に、研究者がどのように貢献できるかということです。これまでは営利企業に頼りがちでしたが、その企業が出してきたもの(と、その研究サービスの開発スピード)は最適ではありませんでした。そのためには、既成概念にとらわれない発想が必要であり、そしてMARKUSよりもはるか先へ進むことができる方もいるでしょう。また、研究者コミュニティやそれより広いコミュニティのための共有サービスの構築に投資することも必要だとわかりました。この点は過小評価されるべきではありません。現時点では、自分がデザインしたもののコードを公開するだけでは、アジア研究の研究者コミュニティでの幅広い利用促進には十分機能しません。私は個人的な研究資金を投入してMARKUSをサービスとして運営し続けてきました(これを早くから行ってきたのは私だけではありません。ドナルド・スタージョン先生のctextプロジェクトを思えば)し、まだ何らかの用途がある限り、それを続けていきたいと思います。しかし、アジア諸言語における研究者主導のデジタル研究サービスに資金面で支えるために、もっと持続可能で構造的な手段を考え出すことができればとも思っています。
今後の展開について、どのような計画をお持ちですか?例えば、すでに中国語と韓国語で提供されているので、日本語にも拡大していく予定はありますか?
やるべきことは山ほどありますが、多くは新規開発のための資金に依存しています。現在、韓国語の地名をDOCUSKYとDOCUGIS(国立台湾大学デジタルヒューマニティーズセンターのプロジェクト)でもマッピングできるようにすること、(物理的なインフラの歴史に関するプロジェクトのために私がかつてデザインした)異なるMARKUSのタグ間で階層的な関係を構築できるようなイベントマークアップを開発すること、テキストの版の比較モジュールを追加することを計画しています。また、私たちは他の言語への拡張にも興味を持っています。私たちの機能の多くはすべての言語で動作しますが(手動およびキーワードマークアップ、バッチマークアップ、テキスト比較、テキストオーバーラップマークアップ)、自動化されたマークアップやウェブ参照を設定するためには、オープンな学術データセットを持つパートナーが必要です。日本語については、まだ適切なパートナーを見つけることができていません。
広い意味では、現在のヨーロッパや世界のDHシーンをどのように見ていますか?ヨーロッパやその他の地域(例えばアジア研究での文脈)でのDHの実践方法には、明確な類似点や相違点があるのでしょうか?
国や大陸規模で学問の伝統や傾向を一般化することは難しいと思います。デジタルヒューマニティーズは、研究者が関心を持つ限り、最初から国際的な取り組みであったように私には見えます。とはいえ、研究組織や研究費の違いによって、いくつかの分野では異なる道を歩むことになるように思われます。オランダのようなヨーロッパの国でにおける、ヨーロッパの資金援助団体や国立の研究機関は、大規模なプロジェクトに多額の投資を行ってきましたが、その結果、トップダウンのアプローチが多くなったものの、その成果の多くがあまり活用されていないというのが私の印象です。これらのプロジェクトのほとんどは(一部の言語学プロジェクトを除いて)、非常に狭い範囲の”ヨーロッパ”言語に焦点を当てています。アラビア語、ヘブライ語、ヒンディー語、中国語などの言語はヨーロッパで広く話され、読まれ、出版されているという意味で、アジアの諸言語もまたヨーロッパの言語であることを主張してきたのに、これは残念なことです。
引用の際はこちらをご利用ください
<原著>
ALÍZ HORVÁTH and Hilde De Weerdt. OpenMethods Spotlights #1: Interview with Hilde De Weerdt about MARKUs. OpenMethods. 2020-10-13. https://openmethods.dariah.eu/2020/10/13/openmethods-spotlights-1-interview-with-hilde-de-weerdt-about-markus/
<翻訳記事>
ALÍZ HORVÁTH, Hilde De Weerdt著. 菊池信彦訳. MARKUS開発についてヒルデ・デ・ウィールト教授に聞いてみた. 東アジアDHポータル. 2020-10-28. https://dhportal.ac.jp/?p=944